競馬の一口馬主を回収率重視で続けていく初心者向けブログ。府中でベコ買うだ!
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16:35:16
さて随分間が空いてしまいましたが、パラオ旅行の続き。
現地3日目。
本日は再びロックアイランドへ向かいます。


パラオ旅行その1は コチラ


違うのは船で行けるロックアイランドの外洋から内部の浅瀬にカヌーで行くこと。
船にカヌーを積んで現地到着後、軽くレクチャーを受けます。

初カヌーでしたが、簡単ですね。
過去に川でラフティング(ゴムボートの川下り)はやったことがありますが、川のように流れがないので比べると大分楽です。

2126.jpg

ちなみに参加者は我々二人のみ。
うーん。悪い気がします。
往復1時間の船の燃料代も掛かって、船頭のインストラクターもいるし、スタッフ計3名だったかな。
単体だと赤かな?

『ベラウツアー』という会社のツアーはほぼ全ての日で利用しました。
スタッフも非常に親切で日本的なおもてなしをしてくれるので、安心ですよ。


そんな貸し切り状態で、インストラクターは日本人女性ということで、存分に解説を受けながら進みます。
写真を見てわかるように、波は全くありません。

池のようです。
ロックアイランドはきのこのような小さな島が無数に集まっているのですが、どうやら汽水(真水と海水の混ざったもの)ですここは。
というのも、そのきのこのような島ではジョボジョボと滝から水が降りてくるのです。

山状にはなっていますが、せいぜい海抜20m程度だと思います。
そこから水が降りてくる不思議。どこに水を貯め込んでいるのやら。



現在は見学出来ない、ジェリーフィッシュレイクにいるはずのクラゲを見る事が出来ましたし、その水と海水のシビアで難しいバランスで成り立っている環境が、ジェリーフィッシュレイクの神秘性なのかも知れません。

2095.jpg

写真には写っていませんがマングローブも生息しており、ジャングルとパラオの青い海を同時に楽しめる、なんともミスマッチな不思議な空間。

半日楽しんで、終わりにレストランまで船で移動。
港に到着するとそこがレストランになっていました。
船から降りて、そのままランチです。


「ここは天皇皇后両陛下もいらしたレストランですよ。」

とのこと。
へー。失礼ながらいわゆる高級レストランではありませんが、味は確かなのは間違いないでしょう。

実際美味しかったです。
ランチでは他のツアーとも合流。
一人旅をしているお姉さんと泊っているホテルの話になり、話題は増殖している中国人に。

「ホント、うるさいですよね~(笑)」

という、天気の話くらい定番の騒音問題。

「私のホテル、中国資本だったみたいで、NHKは映らないのに、中国のテレビは映るんです・・・。」

と肩を落としていました。
当然、宿泊客は中国人ばかり。
ホテルの環境はお察し。


海外旅行に行くとき、誰が経営しているかは結構重要な要素なので、皆さんも事前に調べるようにして下さい。

こんなに中国人の文句を書いていると、私が反中の為に記事を書いていると思われそうで心外ですが、思想抜きのフラットに考えても、現実として「酷い」としか言いようがないのです。

町中で騒ぎまくり、自然を破壊し(信じられないが、そういう事をするそうです。)、パラオの環境を悪化させたことから、かなり問題になっています。
実際、パラオ政府は中国からの航空便を半分に制限する措置をしていることから、その深刻さがお分かりになるでしょう。

パラオの海の底に眠っている太平洋戦争時代の日本の軍用艦を中国人ダイバーが中国国旗で覆って記念撮影するなど、戦争の傷跡で感傷的になる日本人の神経を逆なでし、わざわざ第三国でそこまでするのかという信じられない行為もニュースになっています。






ホテルに戻り、午後はオフ。
ホテルのビーチでのんびりすることに。
ここまで、夜中の到着から丸一日のツアーなどで疲労も蓄積しており、嫁がごねた為、午後はキャンセル(笑)


ビーチと部屋を往復し休みながら過ごします。


2023.jpg
(これが天使の羽や、ハートに見えたらあなたのインスタ女子力は中々。私は全く気づきませんでした。)




ビーチもひと段落。ちょっとホテルを回ります。
敷地がどの位なのか正確には分かりませんが、広いです(適当)。

というのもこのホテルは2階建てと低層。
当然、部屋数が稼げないので、広い敷地が必要になります。

私の父がパラオパシフィックリゾートの建設に少しだけ携わったそうで、オーナーである東急の

「ヤシの木よりも高い建物は作らない。」

というコンセプトで作られたのだそう。




それだけパラオの魅力は豊かな自然であり、いくらリゾート開発をするとはいえ、それを邪魔してはいけないという日本人の美意識なのでしょう。
その話を父から聞いて、迷わずこのホテルに決めましたね。


どの国でもコロニーをつくり、毒々しい赤や青や金のカラーの建物や門を建ててしまい、その国の文化に馴染もうとしない、どこかの誰かさん達も見習ってほしいものですし、そういうやり方をするので、経済的侵略におびえて航空便を半減させられるのも納得でしょう。


DSCN5260 - コピー

海が目の前の部屋は高かったので、庭側が我々の部屋。
ただ、こちらも中々趣があります。
広い芝生と池があり、エイやウミガメが泳いでいます。
餌やりタイムもあるそうで、時間があえば来ようと思いました。


DSCN5196.jpg


夕日を見に再びビーチへ。空気が綺麗だからなのか、日本とは全く違う夕日。
海が青いからそれを反射する空の色がそもそも綺麗なのでしょうか?

良く分からないですが、リゾートの気分だけの問題ではないのは確か。




旅もようやく折り返し。
まだまだ、やることはたくさんあります。


つづく
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19:51:30
~随分空いてしまったので、あらすじ~


パラオの無人島にて、波際でのんびりとした時間を過ごしていると…


パラオ旅行その1は コチラ



波の音と鳥の声に耳を傾けていると、1艘のボートが近づいてきます。
そのボートからはやかましく騒ぐ声が。

「な、なんだ!?海賊の襲撃か!?」

瞑っていた目を開き、騒ぎ声のするボートへ目を向けます。
すると、中国人の団体がこちらへとやってきてしまいました。

「ワーワーギャーギャー!! ホアジャン チンジャオロースー!!! 」


「えぇ…」
騒ぎまくる中国人に唖然、呆然の日本人ツアー客。

同じツアーの人にあとから聞いたところ、彼らカップルは東屋で弁当を食べていると、中国人が周りをわざと取り囲んでそこに居座り、東屋から追い出されたそうです。


日本人そして、日本国内ではにわかに信じられない行為なんですが、こういう恫喝じみたことを恥と思わないんですよね、彼らは・・・。
集団になると本当にタチが悪いです。


DSCN5080.jpg


話を戻して、この島の目の前にあるのがイノキアイランド。
元プロレスラーアントニオの猪木氏がパラオの知名度が低い時代からトレーニングと称したバカンスを楽しんでいたことから、島の所有者が名付けたそうで、特にアントニオ猪木氏の持ち物ではありません。


「猪木、無人島で過酷トレーニング!」と銘打って、修行する様子を確かに子供時代、テレビで見た事がありました。
こんな青い海の時点で過酷じゃないぞ・・・とツッコミながらも、この人の現役時代から中東や北朝鮮など国際的に未開の地で試合をしたり、モハメド・アリとプロレスではなく、ガチで勝負をするなど
『ひとの行かない道に飛び込む勇気』
は尊敬に値しますね。
プロレスはショーではありますが、彼は本物のファイターであったと思います。
ただ、それが政治となってくると色々と思う所はありますが・・・。


が、この夜、現地の方から「猪木さんはいつもこのホテル(PPR)で同じ部屋に泊まっていたんですよ~。」という話を聞き、全くトレーニングしていない単なるバカンスであることを確信するのでありました(笑)





さて、午後もイベント目白押し。
まずは、ロングビーチに向かいます。

ロングビーチとは島ではなく、海上に浮かんでくる砂浜のことで、遠浅の海が潮の満ち引きで出現したり、消えたりする神秘的な場所。

DSCN5163.jpg


この日は綺麗に見ることが出来ました。
三日月形に出現した砂浜。
当然ですが、通常ビーチは片側だけに出現するわけですが、両側が浜というのは不思議な気分で、道のようになっています。

インスタ映えに命を捧げる女子が失禁ジョジョジョ~!の撮影スポットですね。




そして、続いてはジャーマンチャネルへと向かいます。
その名の通り、ドイツ軍が造った水路のこと。

ジャーマンチャネル周辺は波が荒い日が多い為、波の影響を少なくして船の航行が楽になるようにと、岩などで囲った水路を作ったそうです。


1913.jpg

奥に岩を積んだ道があるのがお分かりになるはず。
反対側は写真の右側にあり、水路になっているのです。
宝石のような青色です。もちろん、色の加工等は一切していません。


素朴な疑問として「なぜドイツが?」
ということで、パラオの歴史を簡単に学びましょう。



パラオには16世紀にスペインが上陸し、インドの一部ということで支配。
激しい搾取や彼らが持ち込んだ疫病で、パラオの人口は僅か10%にまで減った暗黒期だった模様。

19世紀末になると、スペインは衰退し、変わって台頭するドイツへパラオを売却。
ドイツもスペイン同様に彼らからは搾取をするのみで、20世紀になっても紙幣、教育、インフラなどをパラオの為に整備することはなかったとのこと。

1914年に第一次世界大戦でドイツに宣戦布告した日本がパラオを占領。
パリ講和会議で正式に日本の植民地としてパラオを支配しました。


日本は他の植民地に施したのと同様、パラオに学校、病院、道路などインフラを整備し、またパリ講和条約に基づいて軍事施設は作りませんでした。

ドイツ統治時代とは打って変わり、日本人が大量に移民。昭和18年の統計では日本人25000人、パラオ人6500人ほどだったそうです。


戦後はアメリカが統治し、反日教育を叩き込みましたが、日本統治時代の教育は相当に”まとも”だったようで(日本本国に関しても、GHQが日本人の識字率などを調べた際に驚愕するほど高度で、あからさまな洗脳は不可能と諦めた話もあります。)、パラオ人の洗脳は失敗しました。

破壊された神社が再度建立されたり、パラオ独立の際に国旗が著しく日本の日の丸と酷似していることからも、現在も親日国であることが窺えます。(日の丸モチーフには諸説ありますが、日本嫌いなら似ているデザインは選ばないでしょう。)





このような歴史背景から、言語は英語が公用語ながら、スペイン語、ドイツ語、日本語が多く残っているそうです。
日本語に関しては教育の影響か、特に多く残っているのでまた後の記事で述べたいと思います。





この後、さらにシュノーケル2回目。
さすがに昨日深夜便で来たからか、あまり寝ていないこともあり、疲れてきました。

それは皆同じようで、帰りの船ではぐったり。
結構高速ボートで寝てしまう参加者も多々いました。

逆に私は変わりゆく景色が楽しくて、船に乗ってからはぴんぴん。カメラ小僧状態。

DSCN5177.jpg

今回の記事の写真でもお分かりになると思いますが、パラオの海の色は本当に様々。
既存の日本語だけでは表現出来ない色もあり、奥深いです。

最初の記事で「海しかない国」と述べましたが、その海が本当に飽きさせない魅力を持っています。




帰りは船でホテルまで送ってくれる模様。
楽ちんです。

DSCN5420.jpg

パラオパシフィックリゾートにも小さな港があります。
帰ってすぐに部屋でバタンキュー。
ホテルの様子も楽しみたいのですが、それはまた翌日にすることにしましょう。



つづく


18:36:27
パラオ旅行1はコチラ





パラオで迎えた初めての朝。
ホテル内のツアーデスクで今日の目的地ロックアイランドへ向かう手続きをします。

ツアー会社に払うのとは別に通行許可証として50USドルを支払いました。これはパラオ政府に納められるもので、観光が主な産業であるパラオの財政を支えているお金。

ロックアイランドは世界遺産にも登録されているパラオを象徴するものですから仕方ないですね。

ロックアイランドのツアー自体は1日で85〜95USドルほどだったと思います。




まずはホテルに送迎バスが来ます。
乗り込むとパラオロイヤルリゾートというパラオで2番目のグレードのホテルへと向かいます。

大体15分程の道のり。
昨日は暗くてわからなかったのですが、パラオは小さな島国だけあって、小さな島々を結ぶ橋が多いです。


そして気づいたのは、他の道はデコボコでザラザラ、さらにはところどころ向けている質の悪いアスファルトだらけなのですが、橋だけ日本と同じ滑らかな感触で、お尻に響きません。

んん?と思い、よく見れば、橋には必ず日本の国旗が控えめに埋め込まれていました。

感覚的には20年前位に作られたものでしょうか。
日本企業、政府によって造られたであろう橋を渡りパラオロイヤルリゾートへ到着。



このホテルには港が大変充実しており、ここから、各ツアーのボートが出ているようです。
ロックアイランド以外にも様々な場所へ行くツアーの起点の模様。

DSCN5048.jpg



ついにパラオの海に繰り出します。
ボートは屋根はありますが、屋外のみで、トップスピードになると衣服や荷物が飛んでしまう速さ。

5分もすると鮮やかな青色の海が広がります。
そして15分ほどでロックアイランドの領域へ。

まだまだ目的地までは距離があるようですが、ロックアイランドはかなりの広域に渡って点在している模様。


ちなみにロックアイランドという2歳馬が中央にいるので、見かけたら応援してあげて下さい(笑)

ロックアイランドは土の島ではなく、珊瑚の死骸が堆積して出来たもので、下部は波で削れてキノコのような姿をしています。

そんなロックアイランドの間をすり抜けて、最初の目的地、ミルキーウェイに到着。


DSCN5059.jpg



泥パックで有名なスポットで、理由は全くわかりませんが、浅い海底に泥が山盛りになっており、美肌効果があるそうです。

海の色も泥のせいで不思議なエメラルドグリーン。透明度はもちろんゼロです。

泥は匂いを嗅ぐと、硫黄の香りがします。
温泉の「湯の花」と似たような感じですかね。


泥の中には貝殻や珊瑚のカスが混ざっているので、塗るとザラザラして気持ち悪かったです。

インストラクターがバケツで海底に潜り(もちろん足が付かない深さです。)、泥を持ってきてくれます。
美肌に興味の無い私に塗りたくり、自分は腕と脚だけに塗る嫁。
ゴリゴリするので、自分でやらないと結構肌が痛いです。


DSCN5070.jpg



この後はロックアイランドの開けた海でシュノーケリング。
カラフルな珊瑚と魚達を眺めながら、ゆっくりと先導するインストラクターについて行きます。

私は泳ぎが得意なのですが、嫁は泳げないので、シュノーケルを使うことに集中出来ないようで、大量に水を飲んで「ゴバゴバブフ!」と漫画のようでした。





さて泳ぎ疲れて昼食タイム。
無人島に上陸すると、東屋がいくつもあり、キャンプ場のような雰囲気。

島自体が森のようになっており日陰も多かったです。
ランチはなんだろうなと思っていると、日本の漆器風の入れ物のよく見る弁当が配られました。

古い油を使った薄いトンカツとコンニャクの煮物がなぜかメイン級に大量に入っていました。

まあ美味しくはなかったですが、午後にもシュノーケリングがあるので栄養補給せねば。



するとハエが寄ってきました。
ええい!と払うも常時5匹くらいに狙われるので、早々に諦めてハエと一緒にごはんをつつきました。
気分はよく無いですが、仕方ないですからね。

嫁は弁当にハエが付くのが気になるようで、蓋を閉めながらご飯を摘んでいました。


さて食事が終わると嫁はトイレへ。
私は「海の中でジョジョーと済ませるよ」と宣言すると、「ええ…」と軽蔑のまなざし。
プールならマナー違反ですが、海ですからね。


ちなみに予想通りトイレ内は、信じられない汚さだった模様で、嫁は「とてもじゃないけど、用を足せない…」と逃げ帰ってきました。

「ハッハッハ。ざまあないね、せいぜい膀胱パンパンにするんだな!!!」
嫁を見ながら私は勝ち誇った恍惚の表情でジョジョーー!

こまけえことは良いんだよ!
の精神が大自然では大切。
ちなみにこのツアーは朝出て夕方帰るので、トイレに行かない(用を足さない)という選択肢はありません。




食事が終わると、そのまま島内でフリータイム。
綺麗な海の写真を撮りながらのんびり…。

DSCN5089.jpg


同じツアーの人と仲良くなり、お互いハネムーンで来たこと、翌日以降の予定を話したりしました。
「(激戦地だった)ペリリュー島にも行くんですか?私はまだ迷っているんですよね、他のツアーも行きたくて・・・。」

そんな穏やかながら、楽しい気持ちで波打ち際ですごしていると、それをぶち壊す”あの”一団がこの島へとやってきたのでした…


つづく


18:43:03
新婚旅行でパラオに行って参りました。
パラオへの直行便は成田から週に2便のみで、5泊、6泊かの選択肢しかありません。
ならば、こういう時に行っておこうと思い、旅行先に選びました。

本当は式とセットならばハワイ辺りが適切だったのですが…。

なぜ、パラオを選んだのかについては他にも色々と理由があり、旅の記録の中で語っていこうと思います。


今回の旅行記は詳しく書いていくつもりです。
なぜなら、意識低い系の私をもってして、皆さんにも是非1度行って見て欲しい…そんな気持ちになるほど素晴らしい場所だったからです。

一口馬主ブログらしくない内容になりますが、読んで貰えたら幸いです。


ちなみにこの旅、5月末の話です。




パラオ共和国の基本データ。
場所はグアム、サイパンとフィリピンの間ほどにある小さな国。
主な産業は観光。
太平洋戦争時、日本が統治していた時代があります。

img_2.jpg


まずは初日、夜の便で成田をたち、現地パラオへ向かいます。
所要時間は4時間半。
グアム、サイパンにプラス1時間ほどといった所。

地図的にはフィリピンの横ですね。
小さくてつぶれてしまいましたが、右上がグアムサイパン。





現地のコロール空港に到着すると、とてもこじんまりしており、グアム、サイパンのような規模では全くなかったです。

そして遊園地の南極体験ばりにキンキンに冷房が効いており、サモア系特有のデブがほとんどのパラオ人の温度感覚を知りました。

まずは入国審査。海外の空港の受付は総じて、塩対応。
無愛想だったり、高圧的だったりということがほとんど。

サイパンに行った時は小さな若い女性が「ンンンネクスッッ!!!」(ネクスト)と、囚人を扱うような物言いに悲しくなりました。
(´•ω•`)ナンデ怒ルン…?



で、そんな空港職員に試しておきたかったのが、パラオ語の挨拶。
現地の公用語は英語ですが、現地語の挨拶は旅の必須。
Wikipediaに載っていた挨拶を試します。

コズン「アリー↓」(こんにちは)
職員「ア、リー↑」

ふむ。なるほど。微かに区切って、語尾を上げて終わる感じね…。
と、正しいっぽい発音を覚えました。
おはよう↓も、おはよう↑もどっちでも良いわけで、気にする必要は無いんでしょうが、脳内再生は今も彼の発音で、そう覚えてしまいました。





こじんまりした空港を出てバスでホテルまで向かいます。
バスに乗るため、空港のドアを出ると、すさまじい蒸し暑さ。
ハワイのカラッとしたあの感じとは真逆ですし、日本よりも湿度が高いです。


そして道路はかなり状態が悪く、道は暗く、アスファルトがボロボロ。

ボロボロじゃないところも小石が入ったアスファルトのようで、走るとガタガタと揺れ、お尻に響きます。

太平洋戦争後、アメリカの統治下だった割に道幅は狭く、もしかしたら日本統治時代に道の基礎が出来ていたのかも知れません。


車中の説明で「ここがこの国一番の繁華街」と言われた地区でも、かなりド田舎で、グアムのような買い物を楽しむ場所ではないようです。

また、その地域に多分パラオで唯一の裁判所があったのですが、日本統治下で建設されたようで今も現役。

地震は少なそうですが、高温多湿であまりメンテしていないであろう環境にもかかわらず現存しているのは、当時の日本の技術力の高さを現しています。




ちなみにJTBツアーのパンフレットの表紙はこれ。大抵のパラオを紹介する媒体のトップもこの場所です。


img_main_visual.jpg


ロックアイランドというサンゴ礁の島々の集まりで、世界遺産に登録されています。
何を見てもこれということは、逆に言えばこの国には海しかないのです。
そこが良いところなんですけどね。


ホテルに到着し、チェックインすると夜中の2時。
ちなみにパラオは四国の直下なので時差はありません。
確か日本の標準時間は明石が基準だから時差無しなのでしょう。

以前サイパンに行った時は時差1時間でしたが、サイパンは北海道の知床の直下です。


私が泊まったホテルはパラオパシフィックリゾート(通称PPR)。
パラオで最も高いホテルです。
最も高いといっても、リッツカールトンのような5つ星ホテル級のハイグレードな施設ではありません。
”パラオでは”1番なだけです。


翌日…というか数時間したら海に行かねばならないので、すぐに就寝。






朝、起きて天気を確認すると、小雨・・・。
ええ・・・。台無しなんけ・・・。

とりあえずふて寝して、朝食の7時まで二度寝。

もう一度起床し、レストランに向かいます。

DSCN5045.jpg


晴れたーー!!
亜熱帯な天気なのですぐに変わるようです。

朝ですが、前日の飛行機酔いが怖かったので、腹ペコの状態。
幸い食事はどれも美味しかったです。


和洋折衷なんでもあり、味噌汁、納豆などもありました。
モリモリ食べて、今日は上記のロックアイランドへ向かいます。


つづく

09:51:36
この度、結婚させら・・・しました。
未勝利馬なので種牡馬入りする予定はありませんでしたが、いわゆる年貢の納め時というやつです。
あ、繁殖の受胎確認婚ではありません、念の為。


1503146300400.jpg
(海が近いです。奥に見えるのは神社。)


私自身、結婚を望む思いは正直なところ、特にありませんでした。
というのも、男性にとって結婚は総合的に見てリスキーに感じてしまうのです。
これを語って、人生の先輩に「結婚は損得でするものじゃない。」と叱られましたが、それを聞いて「(じゃあこの人は、損したと思っているんだな。)」と何となく思いましたし、私は結婚に向かないのだろうと確信しました。

テレビで老人100人に聞いた「本当だったと実感したことわざ、格言は?」という質問に、男性の圧倒的トップは

「結婚は人生の墓場」

でした。

ちなみに女性側にはそれを選ぶ人がほぼ皆無のようで、男性と女性で結婚観に埋めようがない程のギャップがあるのは明らか。


ですから、結婚をしなくても別に構わないというスタンスで生きて来たのですが、彼女にしてみれば、未勝利馬の私でも結婚したいようで、そういう気持ちにはこちらも応えなければいけないと決心した次第です。



ただ、もちろん嫌々で結婚したわけではありません。
家族以外でほぼ無条件に信頼できる女性というのは彼女以外に出会ったことが無いので、将来シワシワになるとかそういう事を想像してもこの人にしようと納得したのは確かです。


DSCN4964.jpg
(式前夜は式場のホテルに宿泊。)


さて、結婚式ですが、これこそ私は無駄なイベントだと思っていまして、祝い事に付け込んで法外に高い金をふんだくるような業界とは無縁でいたかったのですが、やっぱり女子的にはやらないといけないそうで、私の提案した簡素な式は却下。
「なら、やりたい人が全部決めてね。」
と丸投げしたものの、彼女はそういう決断が全くできないようで、私の親がイラつき出したため、結局最初から最後まで私がやることに。

もういい歳ですから、こういう、親がぐずる子供を「置いていくよ!」と言っても、絶対置いて行かないのを知っている子供・・・みたいな事は止めて欲しいんですよね。




まあ、結婚式に関しては本当にイライラの連続でしたね。
これは式場とは関係の無いことですが、式で使用する曲にまで、ジャスラックが手を出してきていて、1曲ごとに金を払えと言ってくるのです。
いやいや、結婚式は商売じゃないでしょ(笑)私的利用の範囲だろ・・・。という理屈はヤ〇〇団体には通じません。
「ご祝儀が発生しているのはある意味商売」
だそう。

この1、2年で特に厳しくなっていて、ジャスラックの関連組織のアイシム(だったかな?)という団体が目を光らせています。
例えば、式場でプロフィールビデオ(二人の生い立ちムービー)を作成依頼した場合の料金の話で、1曲につき6000円が掛かると言われました。

「はい?じゃ、私の生い立ち、嫁の生い立ち、二人が出会ってからで3曲使ったら?」
「18000円になります。」
「いやいやww どこのヤ〇〇ですか。」

と思わず言ってしまいましたが、家に帰ってインターネットで調べると、本当にその糞団体のホームページにその通りの記載がありました。


0243_533274.jpg
(嫁のぐりぐり巻)


式場は式場で、契約後に割引額をしれっと変更してきて

コ「そんなことは契約書に書いてないですよね?」
式「いえ、書いてあります。」

コ「どこに?」
式「~ページの~項です。」

コ「いや、そこには~~としか書いてないですよ。」
式「いえ、~~というのは、××××という意味です。」

コ「それは文字で書いてないですよね。勝手にそちらがそう設定してるだけで。」
式「重要なことなので説明しているはずですが。」

コ「重要なことなら、なんで書面に載ってないんですか?無理があるでしょ。」
式「いえ、無理ではなくてですね。~ページの~項に載っています。」

コ「・・・(ぶち〇〇〇ぞ、このクソ〇〇が!!)。」

ともう少しで言い放つところでしたが、落ち着いて相手に先行させた方が絶対に論破するのに有利だと信じて、自分を抑えました。
どいつもこいつもという疲れからか、キレる寸前でしたね。


この不毛なやり取り。100%私に落ち度は無いのですが、よくもしゃあしゃあと言えるなと関心しましたね。
完全論破する為に夜な夜な文章に起こしたり、まあ疲れました。

今日日、SNSの普及でそんなトラブルは起きないだろうと踏んでいましたが、普通に起きましたね(笑)
祝い事でキャンセルなんてすれば、親族、勤め先で赤っ恥だろうとそうやって付け込んでくるんでしょうが、気の弱い人だったら泣き寝入りした挙句、そこで式を挙げるという苦渋をなめるのでしょうか・・・。

結局、私は悪くないので当然、解決したのですが、もう二度とご免ですね。


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(どこかに馬グッズを入れないと気が済まないのです。)



式については元々は海外の青い海でサクッと考えていたのですが、祝い事が好きな年寄り達がもう飛行機で長時間は耐えられない年齢ということで、沖縄あたりも考えたのですが、それも厳しいようで、結局車で移動出来る範囲になりました。

上記の希望はようするに(どうせ式を挙げないといけないなら)、海でやりたかったのです。
ということで、海が綺麗なロケーションでやることに。

ちょっとギャンブルなのは、このロケーションだと晴れなら最高。雨なら台無しというところ。
神や仏は信じませんが、礼儀は大切だとは思うので、1枚目の写真の神社を事前に参拝し、神様にご挨拶。
その甲斐あって当日、早朝は曇天も、式の時には晴天に。


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(サンキュー、神)

式場も当日は滞り無く、任務遂行してくれました。
無事に終えることが出来、海外の青い海への思いは、新婚旅行へ引き継がれることになりました。

ということで、次回
「ワイ、パラオへ行く。」
をお送りします。



・・・結婚により、嫁監察官の目も厳しくなり、一口馬主生活にはより一層の結果が求められる事態になりました。
今後も回収率を重視して『嫁に収支を晒せる一口馬主』としてやっていきます。



【一口近況】
アーモンドアイが二冠馬に!さらにストロングタイタンも重賞ウィナーに。乗るしかないこのビッグウェーブに。 夢を見させてくれる愛馬たちに感謝です。
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一口馬主6年目。重賞勝ち(達成)、名付け親、口取り(達成)を目標に始めました。最終目標はG1制覇(達成)。

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セカンドエフォート 牡
父:ワイルドラッシュ
5歳・500万下
募集金額:4000万円
獲得賞金:1447万円

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グラドゥアーレ  牡
父:ダノンシャンティ
4歳・500万下
募集金額:1800万円
獲得賞金:1970万円

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ヴィグラスファイア  牡
父:サウスヴィグラス
3歳・500万下
募集金額:2000万円
獲得賞金:910万円

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ユキチャンの16  牡
父:ヨハネスブルグ
2歳・未出走
募集金額:2800万円
獲得賞金:0万円

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ツルマルワンピースの16
父:ヴィクトワールピサ
2歳・未出走
募集金額:1800万円
獲得賞金:0万円

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